アイツの青い傘
それは、突然のことだった。
まさか、放課後ぴったりに雨が降るとは・・・。
は、梅雨だというのに置き傘もせず、傘も持って来ていなかった。
それは、まぁ、朝起きるのが遅いため、ニュースや新聞など見ていないからで・・・
降水確率など分る訳もなかった。
それに、晴れが続いていたから、傘は不要と思ったのだろう。
そして、今日はおまけに日直だったがために、友人達は先に帰っている。
まぁ、駅まで10分程度だし、走ればなんとかなるだろう。
そんな、考えを甘くしたのはすぐだった。
下駄箱へ行き、靴に履き替え、いざ外へ!!
・・・っと思ったが、
の予想以上に雨は酷かった。
仕方がないので、そのまま待つことにした。
おそらく、寒冷前線によるにわか雨だろう。
は、お得意の科学から、そう推測した。
ザァーーー。
雨は一定音でそう音を立てた。
その音で、ふと思い出したのは、クラスで隣の席の真田一馬であった。
それは、つい最近のことだ。
確か、漢字の小テストだった。
その日は、台風で・・・でも暴風警報が出なくて、休みじゃなかったんだっけ?
私はたまたま、先月に漢検を得ったばかりで、漢字は楽勝だった。
問題も今までやったところのみだ。
だから、私は他の連中が問題を解いている中、外を眺めていたんだ。
ただ、それは窓側の席だったからだ。
たぶん、他の席だったら夢の中に入っているだろう。
「なぁ、雨好きなのか?」
極々小さな声・・・たぶん私にしか聞こえないくらいの声で、奴は訊いてきた。
隣の、真田一馬という謎的少年が。
見たところ、奴も問題は解き終わっている感じだ。
あぁ、確か、習字得意だっけ?
だからって、漢字が書けるとは限らないけど・・・。
そして、まっすぐ涼しい顔をしたままだった。
さも、私に話し掛けていなかったかのように。
そりゃ、テスト中に横向いて喋っていたら、すぐにバレルだろうし。
ちなみに、今、先生は中間考査の丸付けをしている。
到底はばれないだろう。
でも、私も前に向きなおした。
「雨・・・好きなのか?」
再び、真田少年は訊いてきた。
やはり、謎でしかない・・・。
いくら、小テストが終わって暇だからといって、コイツは、誰とでも話せるような奴じゃない。
しかも、私なんて隣の席で、用のあるときぐらいしか、話さないだろ。
男子にだって、フツーの付き合い程度だ。
って言っても、シカトするのはいくらなんでも、可哀想だ。
「雨、好きだよ?」
私は答えてやった。
そしたら、真田少年はさらに訊いてきた。
「音とか?」
予想外の質問に、考えていた答えは奪われた。
『何で?』とか訊いてくるかと思って、『音が好き』って答えを用意していた。
だけど、さきに言われてしまったのだ。
「うん。音とか、雨のつくる斑点とかね。」
ここで、会話は終了かな?って思うとちょっと寂しい。
せっかくなら、もう少し話していたい。
だって、暇じゃん。
ただ、のそれは次の瞬間までだった。
真田少年が私の視界の隅で、私の方を向くのが分った。
だから、私も真田少年の方へ顔をやったのだ。
「俺も、好きだよ。」
さも、嬉しかったかのように・・・
そう、この天気とは不似合いの笑顔で言ったのだ。
そして、真田は、また前に向きなおし、机にぶっ潰れた。
いわゆる、寝る体勢に入ったのである。
一方、はまた窓へと眼を向けた。
アイツもあんな顔するんだ・・・。
知らなかったな・・・・。
やっぱ、もう少し話したかった・・・・・。
その時から、真田少年を知ろうとした。
そうしたら、いろんな事分った気がする。
人付き合い、悪いんじゃなくて、知らないだけなんだよ。
友達を傷つけたりしたくない、とかそういう気持ちがあって・・・・。
不器用なだけなんじゃないかな?
真田少年は、純粋なんだろうな。
ここで、の回想は終わった。
ザァーーーー。
降り止まず、一向に強くなる雨。
黒く染まった雲は、風に押し流されて渦を巻く。
木々は揺れ、地は崩れ、川は大洪水。
学校のコンクリートの壁は、雨の斑点模様を通り過ぎ、びしょぬれ。
そのコンクリートからは、滴る雨の雫。
・・・いや、川なんて見えないけど。
それが、に映し出されている情景。
でも、はそれは嫌いじゃなかった。
しかし、突然視界の隅に何かが映し出されたら、誰でも気づくだろう。
けど、は空を見てるため、気づかなかった。
気づいていても、関係ないと思っているだろう。
「あ、真田少年。」
なんと、それは、真田であった。
白い半袖のYシャツから、いい感じに焼けて、雨にぬれた肌を覗かす真田だ。
その白いYシャツは、の好きな雨の斑点模様で肌が透けていた。
そして、真田が目の前に来たところで、はやっと気づいたのだった。
「気づくの遅いだろ。」
いつからいたのだろう、この少年は?
遅いってことは、結構前からいたのかな?
「何でいるの?」
そう、気づくのが遅いとか、そんな事よりこっちのが問題だと私は思う。
だって、学校にいるのって私だけだったはず。
「教科書忘れただけ。」
よく見れば、片手に数学の教科書。
あぁ、復習か。
そうだな、真面目な奴だよね、真田少年は。
私が、職員室行ってる間に行き違いになったのかな?
「置き勉は、ダメなんだよ。」
そう、私たちのクラスの担任は、置き勉を禁止しているのだ。
全く、困ったものさ。
「お前の方が、置いてるだろ。」
「うん。全教科置いてる。」
つい、即答。
でも、便利だよ。
忘れ物一切ないからね。
そして、真田はここで話を切って、を見た。
そう、何故がここにいるのか疑問に思ったのだ。
「お前、傘ねぇーのかよ。」
見事に真田は正解した。
そして、『バカじゃねぇの?』っと付け足す。
でも、が“酷いわ、真田君”みたいな顔をするので、再び言葉を続けた。
「はぁ・・・。ほら、使えよ。」
「えっ、いくら真田少年でも悪いよ。」
少し、嫌みたらしく言ってみた。
そしたら、真田少年は呆れたっぽい。
「いいって。俺、走ればすぐ着くし。お前の家遠いだろ?」
つくづく、純粋な奴だなって思った。
心からそう思ってくれてるんだよね。
恩を売ったり、偽善者じゃない君の心好きだよ。
「ごめんね、わざわざ。」
普段、素直じゃない私でも、真田少年には、心を許せる。
本当に、心のそこから謝れる。
「なんで、謝るんだよ。」
「だって、私のために傘届けに来た、って感じじゃん?」
『やっぱ、馬鹿だな』と真田は言う。
そして、の手を捕って、傘を渡す。
無理に渡さないと、受け取らないだろう、と思ったからだ。
「ほら。じゃあ、また明日な。」
そして、真田は走りだした。
は、明日も雨じゃないのかな?
梅雨前線近づいてそうだし。
っと、真田を心配していた。
っと言うか、『この傘をどうしよう』という意味で、自分を心配していた。
「ありがとう、真田少年!」
そう叫ぶと、まだ聞こえる範囲にいたらしく、振り返って手を振った。
私の冷たい右手に残る、真田少年の暑い感触は消えなかった。
この寒い中、その部分だけ燃えているみたいだ。
それが、体全身に伝わって、私を動かした。
真田少年の傘を広げて私は、真田を追いかけた。
2003/06/29 written by 葵