夏祭り










現在の時刻、18時40分。
彼女の との待ち合わせは、19時ぴったりにコンビニの前。
再び左につけられたゴツイ腕時計に目を落としても、1分とて経っていない。
実は、俺がサッカーで忙しい所為で、今日が初デートだったりもする。
正確に言えば、デートというデートをした事がない。
休日の練習や試合なんかに、彼女が応援に来てくれるだけだ。
だから、こういった行事でもない限り、2人で過ごすという事はなかった。


日が沈んだと言うのに、外はジメジメと暑い。
初めはそれに耐えていたが、結局、中で冷え切ったスポーツ飲料を買った。
それを飲みながら、また暑さの中へ帰る。
と、同時に横断歩道の向こう側にいる彼女を見つけた。
彼女も俺に気付いたらしく、笑って手を振っている。

信号が青になって、マラソンでも始まったかの様に、どっと人が歩き出す。
その中にいる彼女の姿が、近づいてくるに比例して、俺の心拍数が上がるのを感じた。
試合の時とは、また違う緊張が喉まで込み上げてくる。

彼女は、夏祭りに似合う浴衣を着ていた。
それは妖艶に咲き乱れる夜桜のように、紺色の下地にピンク色の桜が描かれたものだった。
そしてそれは、彼女をも艶かしくさせている様だ。
いつもは、可愛さの割合がかなり高いが、今は綺麗さの割合の方が確実に高い。

しかし、その隣に並ぶ俺の格好と言えば・・・
NIKE の白いTシャツを肩まで巻き上げ、パンツはグレーの AirWalk。
そして、靴はまた NIKE の黒いスニーカー。
普段着の上に、地味だった。

それよりも弱った事があった。
身長からして俺が彼女を見下ろす形になる訳で・・・、ボディラインがはっきりし過ぎているのだ。

変な下心を抱いてしまった所為で、ついに喉が渇きを訴える。
俺は酒を飲むような勢いで、手に持っていたスポーツ飲料を一気に飲み干した。
それを見た彼女が 「ごめん。待たせたかな?」 って、上目遣いで言われて、少し焦った。


「ぜ、全然。・・・っていうか、まだ10分前だし。」

「でも、一馬の方が早いじゃん。」

「いや、さっき来たばっかり。」


「緊張して早く来た」 なんて言えない・・・。
しかも、 「今、に見とれていた」 なんて尚更言えない・・・。
俺は顔に熱が伝わるのが分かって、持っていたペットボトルを投げ入れて、そのまま歩き出した。
すると彼女は、ヒヨコのようにくっ付いて来る。


「ねぇ、ねぇ? この浴衣どう思う?」


物凄く目をキラキラさせて、興味津々に訊いてくる。
普通なら 「似合ってる」 とか 「可愛い」 とか言うのかもしれないけど、俺はそこまで器用じゃない。
とりあえず 「どうって?」 と聞き返す事にした。


「これ、私が作ったんだよ。すごい?」

「そーゆーとこ器用だよな。」

「どーゆーとこを不器用だって言いたいの?」


容姿は違っていても、やっぱり だった。
自分で 「すごい?」 と訊いてくる辺りが彼女らしい。
緊張や焦り、戸惑いは簡単に飛んでいって、またいつもの他愛も無い会話が始まる。



懐かしい、と言うか・・・、やっぱり、と言うか・・・
屋台が増えていくに連れて、人も増えていき、祭りの中心部というのだろうか?
そこには、もう満員電車並の人がいる。
こんな中を歩くとなると、幾ら大好きな彼女でも、背の小さい華奢な少女でしかない。


「手、貸せよ。」

「はぃ?」

「手繋げば離れないだろって言ってんの!」

「・・・ありがとう。かじゅま君。」

「お前なぁ・・・・。」


最後の言葉に呆れながらも、俺は彼女の手を取った。
簡単に手を取る、とは言ったが、この行動に移るのには中々勇気が必要だった。
いざ、女の子の手をとって意識すると、自分の手より、かなり小さい事が分かった。
この歳で、もうこんなにも違うのか、と思うと再び動悸がする。
彼女自身は何もしていないと言うのに、翻弄されている気がしてならない。

そんな自分が怨めしい・・・。


「一馬っ!」


彼女がそう叫んで、現実に戻されてから 「!?」 と呼んだ時には既に遅かった。
小さな手が離れ、温もりが消えていく。
俺が少し気を抜いてしまった所為で、彼女は急な人の波に流されていってしまった。
これほど自分が情けないと感じる事は、初めてだろう。
仮にも俺は、サッカーを通してフィジカルには鍛えられていたはずだ。

右手で悔しさだけを硬く握った。



とりあえず、スペースを見つけて、そこへ移動した。
こう四方八方に人がいては、考えられる事も考えられなくなりそうだからだ。
しかし、今の頭の中は、かなり困惑して、パニクっていた。
誘拐でもされたらどうしよう、とか・・・
いわゆる、あんな事やこんな事なんかをされていたら、とか・・・

とにかく深呼吸をして、心を落ち着かせ、この単純な頭をフル回転させた。
そして、ポケットにいれた携帯を手に取ろうとしたら、丁度バイブが鳴ったのに気付いた。

メールの差出人は、だった。


”水風船のトコロにいるから、早く来てね♪”


とりあえず、無事だったらしい。
それにしても、なんと危機感のない文章なのだろう?
いや、彼女が無事だったのだから、それはそれで良いのだろう。




っ!」

「あ、一馬! ねぇ、これ取って!!」

「はっ?」


やっとの事で、愛しの彼女の姿を見つけたかと思ったら、どういう事だろうか・・・。
人が散々心配していたというのに、水風船と必死に闘っているのだから。
俺は呆れるどころか、反って凹んでしまった。


「君、彼氏かい? 実は、お嬢ちゃん5回もやってるんだがねぇ。」

「お前、5回もやって取れねぇーのか?」

「いいから、取れ!」

「俺に選択権ないじゃん、それ。」


なんだか、安心した様で、どっと疲れた。
もう成り行きに任せて、俺はポケットから財布を取り出して100円を払う。
彼女にどれが良いか訊いたら、 「紅いやつ」 と言うので、それを狙った。

こういうのには、いくつかコツがある。
昔、親父にではなく、何故だか結人に教わった。
それで取った水風船は英士も混ぜて、全力で投げ合っていた。
最終的には、 ”蹴りで誰が一番早く割れるか” になっていたけど・・・。

そっと輪に掛けて、持ち上げる。


「よっ。」


俺は、一発で彼女の5回の試練を乗り越えた。
手渡すと、何故だか不思議そうな顔をする。


「一馬って、こーゆーとこ器用だよね。」

って、そーゆーとこ不器用だよな。」

「真似すんな!」

「真似じゃねぇーし。」


結局は、凄く嬉しそうに笑ってくれる。
この笑顔を独占したい、なんて思ったらダメなのだろうか?
この俺が、君の浴衣のように側にいて、守ってあげたい。
・・・なんて、考えただけでも恥かしい。

突如、何故だか屋台のオジさんが笑い出した。
笑ったかと思うと、


「まだ、切れてないだろ? もう1回やるかい、彼氏?」


と、わざとらしく ”彼氏” を強調して言う。
その事に彼女は気付いていない様だったが、俺は素直に誇らしく思った。
俺はオジさんに軽く微笑んで見せた。男同士の暗黙の会話だ。
その後に、彼女に他に欲しいか訊いてみる。


「じゃあ、かじゅま君にぶつける為に、もう1つ。」

「あのなぁ・・・。」

「分かってるって、もう充分だよ。」


俺の横で、実はちょっと残念そうにしている彼女は無視して、取るやつを屋台のオジさんに返した。
その時に、オジさんは今度 「幸せにな!」 と言った。
流石にそれは、顔が赤くなる事しか出来なかった。
そして、屋台を出て行く俺達を暖かく見送ってくれた。

目の前には、また人の海がひろがる。
だから俺はまた、彼女に向けて手を差し出す。


「ほら、今度は離さないから。」


彼女は、また本気で嬉しそうにして、俺の手を握る。
いや、本気で嬉しいのは俺だ。
右手にあった悔しさは、再び温もりが蘇ってくる。
の手には、右は俺の取った紅い水風船。
左は、俺の右手。

見てろよ、数年後には絶対幸せにしてやる!










2002/11/30   written by 葵





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