scent










「ねぇ、忍足どこ行ったか知らない?」


私は傍にいた男子の塊に声をかけた。
何故、私が忍足を探してるのかは・・・
ただ単に数学の先生に、忍足にプリントを渡すように言われただけ。
職員室に野暮用のあった私は、運悪くその先生に捕まってしまっただけの話。
しかし、教室にいるだろうと思っていた、忍足はいなかった。


「確か、Dクラスの女と屋上に行ったと思うけど?」

「ふーん、ありがと。」


"Dクラスの女"っていうのが気になって、愛想の無い返事をした。
だって、Dクラスって言ったら・・・。


「何?、忍足に告るの?」

「プリント渡すだけ。」

「なんだ。なら、同じクラスなんだから、待ってりゃ良いじゃん。」

「次、移動教室だし、放課後になったらアイツ消えるじゃん。」


私がそう答えると「あー、なるほど」と、ほとんどの奴が同じリアクションをとった。
まぁ、向日とかに渡すってのも手だけど、面倒だし。
直接行った方が楽なんだよ。
別に特別な関係でもないけど・・・ただの幼馴染だから。

『じゃあ、渡しに行ってくるね。』と適当に区切って、私は屋上へ向かった。



屋上の扉まで残り3段のところで、私は立ち止まった。
たった1枚の扉の向こう側から、例のDクラスの女の声が聞こえたから。
会話の内容は全く聴き取れないけど、少しだけ不安になった。
私が推測する限り、Dクラスの女とは忍足の元彼女だから・・・。

私は迷って、その中途半端な体勢のまま立ち止まってしまった。


開いた扉からは、推測したとおりの女の子が出てきた。
私と目が合って暫く沈黙が続くと、私が手に持っているプリントに気づいたようだ。
すると彼女は、ダボッとしたセーターから白く細い手を出し、半開きの扉を閉めた。


「侑士なら、中にいるよ。」


彼女は、にこやかにその言葉を残して、
私の横を、甘い香水と軽やかなステップを伴に階段を下りて行った。

会話は丁度終わったのだろうか?

気になりつつも、私は目線の上にある扉を見つめ、中へ入ることを決めた。
残り3段の階段を上って、ゆっくりと扉を開けた。
そこには、不機嫌そうな忍足がフェンスに背中を預けて立っていた。

やっぱり、タイミング悪かったのかな?


「何や、か・・・。」


明らかに感情を押し殺してる彼を伺いながら、私はまたゆっくり扉を閉め、そっと彼に近づいた。
その時、近づかなければ良かったと思った。

鬱陶しそうな前髪が、風に靡いて、レンズの奥にある忍足の瞳が見えたから。
その瞳は、とても冷たく暗い光を発していたから。

それは、悲しんでる瞳でしょ?

再び風が吹くと、甘い香りがした。
今度ははっきりと分った。ベビードールだ。

こんな甘い香りを忍足がつける筈は無い。
香りを残すほどだ、いつから2人は一緒にいたんだろう?

ただ、そんな事を訊いても、彼は答えてくれないだろう。


「元彼女さんと何話してたの?」


代わりに訊いた質問は、もっと答えてくれなさそうだ。
でも、私は知っている。
忍足があの子の事をまだ好きなんだ、という事。
私が忍足の事を好きなんだ、という事。


「別に、他愛も無い話や・・・。」

「Doubt...」

「発音ええな。」

「ベビードールの香りがするよ?」


流石に追究し過ぎたかもしれない。
だって、忍足は話を逸らそうとした。
直に分ちゃったよ、私。

君の瞳は乾いたままだ。
君を見てる私の方が、辛いよ。


「俺の嫌いな匂いや・・・。」


そう答えた彼は、内ポケットからセブンスターとライターを取り出す。
カチッと1発で火を点けた彼は、1本の煙草を銜えた。
まるで、ベビードールの香りを消したいかのように。

でも、その答えも嘘でしょ?
前は大好きだった香りじゃない?
それだけ、忍足にとって嫌な話だったの?

風は私の方向に吹いて、煙草の煙が襲い掛かった。
それでも、私は咳き込まない。
このセブンスターは、君の香りだから。


「ごめん、忍足。」


今頃謝っても遅い事ぐらい分ってた。
それでも、謝らずにはいられなかった。
普段ポーカーフェイスの君が、そんな切ない顔すると思わなかったから。


「ええよ。悪いんは俺の方やし、本当の事言うわ・・・。」


嫌な溜息と一緒に煙を吐いて、彼は許した。
私は、瞼を閉じて空を仰いだ。
答えを聴くという覚悟と、溢れそうな涙を止める為に。


「向日との仲立ちして欲しい、って頼まれたん。」


そっか・・・。
声にならない言葉は、ただそれだけで・・・
まだ香るベビードールに、物凄く腹が立って・・・
硬く閉じたはずの目からは、やはり涙が溢れ出してしまった。


「・・・何でが泣くん? 俺の為か?」


私はその質問には答えられなかった。
自分でも分らないのだから。
その代わり、訳も分らず忍足に抱きついていた。

最後に見えた忍足の顔は、精一杯の苦笑いをしていた。
それを見た私は、そこまで好きだったんだ、というショックより、彼の傷ついた姿がとても痛々しかった。
そして、彼は左腕1本だけで私を力強く支えた。


「おおきに。」


そう言った彼を見上げると、一滴の涙が私の頬へ落ちた。
先生に渡された数学のプリントは、風と煙にどこかへと飛ばされていた。










2003/12/19   written by 葵





広告 [PR] 小説 ブックマーケット お見合い 無料レンタルサーバー ブログ blog