春雨
4月に入ると伴に、春休み真っ只中にも関らず、入学式の準備が行われる。
自分のクラスである3年6組は、担任がジャンケンで負けたため、その準備へ借り出される事となった。
本来なら午後から部活があるのに、それも午前に降り出した雨によって無くなってしまった。
体育館も今では、担任が 「悔しいから」 という意地で、
無駄に規則正しく並べられた椅子によって、筋トレさえ出来ない状態にある。
学校のあらゆるスペースを使えば、出来なくもないのに、竜崎先生が 「丁度良い」 という理由で完全なオフとなった。
とは言っても、各々どこかで練習しているに違いない。
外は未だに黒い雲が凄まじい速さで流れ、雨は窓を叩きつける様に降っている。
準備が終わったのは、英二みたいに忘れていたり、部活がある等の理由で少人数で行われていたため、午後2時過ぎだった。
その後、僕と何人かが教室へ移動して、また別の仕事へ借り出された。
それなのに、未だに外はそんな悪天候のままである。
しかし、実際は風が強いだけで、それ程悪天候ではなさそうだ。
「不二君、傘持って来てる?」
やけに広く感じる教室に、よく通る声がさらに響く。
タイピングしている手は動かしたまま、外を眺めていた僕に問う。
各自仕事を任され、それを終えたクラスメイト達はとっくに帰っていて、残っているのは僕と彼女の2人だけだった。
僕らの仕事は、新入生へ配布するプリントの誤字訂正。付けたし。
学年末の国語の成績順で決められ、僕らはフロッピーとノートパソコンを渡された。
責任ある仕事の所為か、量が多い所為か、作業はなかなか進まないでいた。
しかし、それもあと数分もすれば終わりそうだ。
「折り畳みなら持ってるから、家まで送るよ。」
彼女の言外には、 「あるなら入れて欲しい」 という意味があるのを、その表情から安易に察する事が出来た。
決して 「送って欲しい」 とまでは言っていないのだろうけれど。
それは、僕の望みだから。
「ありがとう。」
遠慮する事も無く礼を言う辺り、彼女も僕のそれを察したのだろう。
たぶん僕は、彼女のそんなところを一番気に入ってるんじゃないかと思う。
彼女とは、彼女が編入してきた2年の2学期からの仲だ。
ファンクラブの関係もあって、長い間話し合ったり、一緒にいる事も儘ならなかったけれど、
さり気ない会話だけで随分と仲良くなれた。
それは、お互いが洞察力という能力に恵まれていたからだろう。
思えば、こうやって2人っきりで一緒にいる事は、初めてかもしれない。
「―― 終わったぁー。」
スッと指を伸ばし、掌を天井に向けて、大きな伸びをする。
僕の方はというと、その数分前に終わっていて、教室の掃除なんかしていた。
「じゃあ、帰ろうか?」
「ご迷惑お掛けします。」
「迷惑なんかじゃない。」 そんな意味を込めて微笑み返した。
そうすれば、同じ様に優しく微笑み返してくれる事を知っているから。
フロッピーとノートパソコン、それから鞄を持って廊下へ出ると、ひんやりと心地良い位の冷たい空気が漂う。
外も寒いのかズラリと並ぶどの窓にも、露は出来ていなかった。
満開とは言えない桜は、幾枚か雨と風と伴に散っていく。
夕暮れだと言うのに、空は既に夜を告げているみたいだ。
「不二君ってさ、雨好きでしょ?」
「そうだね、嫌いではないよ。」
そう、そんな情景も趣きがあって寧ろ好きな方だ。
ただ雨は、今日みたいに部活や大事な試合でさえも中止にしてしまう。
でも、今日は感謝すべきかもしれない。
「だったら、好きになってあげて。」
「時間の問題かな。」
テニスをやっている今では、やっぱり憎いものでしかないから。
もし、テニスをやらなくなったら、すぐにでもそれを好きになれると思う。
もちろん、テニスを嫌いになる訳じゃないけれど。
ヒューヒューと隙間から音を立てる、鍵の開いた窓を見つけては閉めていく。
露が出来なかったのは、この所為だったんだな、なんて思いながら。
「じゃあ、さんは、不二周助の事は好き?」
「・・・好きよ。」
パタン、と窓を閉めて、鍵を掛けて振り返った。
そう言うと確信していたから、彼女と同じ様に微笑んで付け加える。
「だったら、愛してあげて。」
晴れていれば見れたはずの夕日ように、耳まで赤く染まっていった。
同じ様に頬も赤く染まって、今日の天気と同じようにその頬を涙が伝う。
「目が合った時から、愛してる。」
「僕は生まれた時から、愛してるよ。」
そんなキザな言葉を残して、自分の指の背でその雫を拭った。
やっぱり、雨は好きにはなれないかもしれない。
2003/03/25 written by 葵